あるところに、ことばを預かり、保管している部屋がある。
そこにあるのは、どんな”ことば”なのかというと、
歌の歌詞だったり、小説の一節や映画の中のセリフ、和歌や、俳句から、誰かのつぶやきまでと様々。
その時、心を動かされた誰かが、その思いを留めておきたくて預けられた沢山の”ことば”たち。
それは、糸に紡いで引き出しにしまってある。
この状態では誰も読むことは出来ないから、言葉に隠された秘密を守ることができるのだ。
普段は忘れて過ごしているけれど、誰しもが心の奥底に閉まっている、大切な思いが込められた”ことば”
思い出すには静けさと立ち止まる時間が必要だということに気づいていても、
忙しくてすぐに目の前の出来事に心を奪われてしまう人間には、なかなか思い出すことが難しい。
とても大切な感情。だから預けられたのに、思い出されないままになっている”ことば”がなんと多いことだろう。
美しく並べられた色とりどりの糸を見ていると、少しだけ悲しい気分になる。
永遠に保管し続けることはできないから、ある一定の時が過ぎると、風に乗せて、空や川そして海に還すことになっている。
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫、、それはまるで虹のようで、ふわりと広がって行き、やがて光に溶けて行く。
(虹と思って眺めているもののいくつかはこの”ことばの虹”である場合がある。誰にも気付かれることはないけれど…)
その光景はうっとりするほどに美しく、やっぱり少しだけ悲しい。
季節は春、ふと気づけば花は咲きほこり、植物たちは成長の勢いを増す。
太陽の光はどんどん力強くなってゆく。
新しい気持ちになって、また始まることもあるだろう。
全てを忘れてしまっても、何も変わらないのかもしれない。
それでも、
いつか誰かが預けた”ことば”を、ほんの少しだけでも糸からまた文字に戻したいと、私はそう思っているのだ。
海に、空に、風に還る、その前に。