水平線

仕事納めの1日が終わった。
なんだか本当に疲れてしまって、鬱々とした思いを抱えたまま駅に向かう。
街中の年末ムードが今の自分には辛い。

普通なら、あともう少しで今年も終わるんだからといい意味で諦めがついて、スッキリとした気持ちの人の方が多いだろう。
自分の頭の上にだけ重たいバケツが乗っかっているように感じる。
暗澹たる気持ちが溢れてしまわないように(もうとっくに溢れているような気もするが)早くこの場から離れたい。感情の波に飲み込まれてしまいそうだ。

電車で本を読むのは学生の頃からの習慣になっている。
でも今日は内容がなかなか頭に入ってこない。何度も同じ行を繰り返し目で追っている事に気づく。

一呼吸おいて、顔を前に向ける。 窓の外の景色がどんどん流れて行くのが見える。

まるで、あっという間に過ぎてゆく毎日のようだ。
そのスピードにはとっくについて行けていない自覚があった。街並みはどんどん変わる、人間関係も変わる、なにかに置いていかれるような気がして焦っている。いつも。

もう一度手元の本に目線を落とす。

本棚にあった文庫本を適当に持って来たのが「オズの魔法使い」だった。

呼吸を整えるように少しずつ読み進める。すると不意に子供の頃の記憶が蘇ってくる。

当時の部屋の感じとか、好きなキャラクターがプリントされたお気に入りの服とか、今まですっかり忘れていて、まだ覚えていたことに驚いてしまうような類の、どうでもいいような記憶の欠片。

そしてその記憶に引きずられるように、ライオンが自分のしっぽで涙を拭いている絵が好きだったことや、エメラルドの都を緑色のセロファンを透かして想像したことを思い出す。
(ストーリーの内容はびっくりするぐらい覚えていなかった)

勇気をもらうためにドロシー達と一緒に旅に出た臆病なライオンは、その願いを叶えてくれるはずのオズの魔法使いから、勇気はもうすでに持っていることを告げられる。

誰かに与えてもらうのではなく、すでにあることに気づくだけ…

自分の中に溜まっている感情のせいで、大切にしたいことが見えなくなっているのかもしれない。

「水平線を見たい」直感的にそう思った。

どうしょうもない気持ちは、きっと海がなんとかしてくれる。今の自分ができることは、この足を動かすことくらいだ。
先が見えなくても、歩いていたら目的地に着くだろう。

ドロシー達がエメラルドの都を目指してちゃんと辿り着けたように。

僕は明日の朝早く、ひとまず海に向かうことを決めた。

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